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研究3-2 聴覚障害を有する中学生の英語力に関する一検討

-日本語の読字力・語彙力・文法力・読解力との相関から-

  • 鈴木悠太(東京学芸大学 特別支援教育教員養成課程)
  • 濵田豊彦(東京学芸大学)

1.問題と目的

 グローバル化が進む現代において、英語教育の必要性が高まり、平成29年度告示の新学習指導要領では、小学校中学年で「外国語活動」が、高学年で「外国語科」が導入された。これは聴覚特別支援学校でも例外ではなく、聴覚障害児の英語教育について様々な研究がなされている。

 しかし、聴覚を利用できない聴覚障害児にとって音声言語である英語の習得は容易ではない。特に、「聞くこと」「話すこと」などの音声活動を中心とする小学校の外国語科は、聴覚障害児にとっては困難であることが言われている。

 そこで本研究では、聴覚障害児の英語力を読字力・語彙力・文法力・読解力に細分化して明らかにし、項目ごとに比較したり、読書力検査と比較したりして聴覚障害児の英語力を効率的に向上される方法を考察する。 

【検討Ⅰ 英語力検査下位項目の比較】

英語力検査内での読字力・語彙力・文法力・読解力の各項目の関係を調べた。また、英語力検査の項目ごとの関係を各学年で比較し、聴力が英語力に与える影響を調べた。

1.対象者

 聴覚特別支援学校中学部に通う聴覚障害を有する生徒60名を対象とした。

2.手続き

 自作の英語力検査を実施し、読字力(英単語の読みをカタカナに直す課題)・語彙力(小学校段階で扱われる英単語の意味を日本語で答える課題と日本語で書かれた単語を英語に直す課題)・文法力(英文の一部を空欄にし、空欄に当てはまる語を4つの選択肢の中から選ばせる課題)・読解力(Here we go!(光村図書)で扱われている文章を参考に一部改変しながら作成した文章で指示語を問う課題と和訳させる課題からなる)の比較、及び聴力とコミュニケーションモードとの比較を行った。

3.結果

英語力検査を実施した結果、60名の正答点数の平均は39点中20.48点(正答率53%, SD=8.3)であった。読字力課題の平均正答点数は10点中6.18点(正答率62%, SD=2.42)、語彙力課題の平均正答点数は10点中4.23点(正答率42%,SD=2.89)、文法課題の平均正答点数は10点中5.2点(正答率52%, SD=1.81)、読解力問題の平均正答点数は9点中4.87点(正答率54%,SD=2.39)であった。

(1)各項目の成績の向上

 項目の成績の向上を横断的に分析したところ、いずれの項目においても成績の向上がみられた。最も差異がみられたのは、語彙力であった。一方であまり差がみられなかったのは、文法力であった。文法力は中学3年間を通しても、向上しにくい項目であると考えられる。

図1  1年生~3年生 各項目の変遷の比較

(2)各項目間の比較

 各項目間の相関をスピアマンの順位相関行列を使用して求めたところ、読字力と語彙力・語彙力、語彙力と読解力には0.8以上の強い相関がみられた。また、読字力と文法力、語彙力と文法力、文法力と読解力には0.6の中程度の相関がみられた。

表1.英語力検査 各項目間の相関 (*:5% **:1%)

語彙文法読解
読字0.85**0.64**0.80**
語彙 0.62**0.80**
文法  0.64**

 

図2 読字力と語彙力の相関図(r=0.85)

本研究では読字力を測るものとして、英単語にカタカナでよみ仮名を振らせる方法を用いた。重度の聴覚障害児の場合、聴児のようにネイティブスピーカの発音から音韻意識を育てることは難しいので既知の音韻(日本語)をベースにした評価である。既知の音韻(日本語)を援用しながらも英単語を把握することが特に語彙力との間に強い相関を示したことは示唆に富む重要な結果である。

(3)聴力と英語力の関係

 対象児の聴力レベルを良耳の聴力順にパーセンタイル順位をとり、上位25%を軽度群、中位50%を中度群、下位25%を重度群とした。学年ごとに分け、群ごとの平均聴力レベルを下の表4-9に示した。1年生の軽度群の平均聴力レベルは60.8dBHL中度群は88.1dBHL、重度群は120.2dBHLであった。2年生の軽度群の平均聴力レベルは81.7dBHL、中度群の平均聴力レベルは98.8dBHL、重度群の平均聴力レベルは112.5dBHL、3年生の軽度群の平均聴力レベルは55.5dBHL、中度群は96.5dBHL、重度群は113.5dBHLであった。

対象児の聴力レベルと英語力検査における総合成績を検討するために、各群の平均値と標準偏差を求めた。その結果、聴力レベルと英語力検査の総合成績との関係は1年生が図3-1、2年生が図3-2、3年生が図3-3のようになった。各群の平均値に有意な差があるか否かを判定するために、データ数は少ないが付加的に一元配置の分散分析にかけたところいずれも有意差はなかった(p>.05)が、1年生および3年生においては聴力レベルが低下するにつれて総合成績が低下する傾向が見られた。

なお、全体の平均点は20.48点(正答率53%)、1年生の平均点が19.05点(正答率49%)2年生の平均点が19.75点(正答率51%)、3年生の平均点が22.30点(正答率57%)であった。

図3-1 聴力レベル群別の英語総合得点の違い(1年生)

図3-2 聴力レベル群別の英語総合得点の違い(2年生)

図3-3 聴力レベル群別の英語総合得点の違い(3年生)

また、補聴器閾値でも同様の分析をしたところ、こちらも有意な差はみられなかったが、重度になるほど得点が低下する傾向がみられた。

これらのことより、聴覚特別支援学校に在籍する重度の聴覚障害児の中ではあるが、聴力レベルが英語力習得の大きな因子とはなっておらず、最重度の聴力障害児でも英語の習得が順調である者もいることが示唆された。また付加的にコミュニケーションモードの違いでも同様の分析を行ったが有意差は見られなかった。

【検討Ⅱ 英語力検査と読書力診断検査の比較】

読書力検査の平均正答数、正答率、標準偏差を求めた。読書力診断検査と英語力検査の得点率、両検査の読字力・語彙力・文法力・読解力の関係を各学年で比較し、分析をした。

1.対象者

 聴覚特別支援学校中学部に通う聴覚障害を有する生徒14名を対象とした。

2.手続き

 読書力診断検査 小学校高学年用(Reading-Test 教研式)を対象生徒に実施した。研究Ⅰで実施した英語力検査の下位項目と比較し英語力と日本語力の関係及び各項目間の関係を分析した。

3.結果

英語力検査を実施した結果、14名の正答数の平均は39問中12.7問, SD=6.81(正答率31%)であった。読字力の正答数の平均は10問中4.66問, SD=2.56(正答率43%)、語彙力の正答数の平均は10問中1.97問, SD=1.97(正答率17%)、文法力の正答数の平均は10問中3.32問, SD=1.6(正答率35%)、読解力の正答数の平均は9問中2.68問, SD=1.98(正答率27%)であった。

表2-1 英語力検査の項目ごとの成績

 読字力語彙力文法力読解力合計
正答数 標準偏差4.66 2.561.97 1.973.32 1.62.68 1.9812.7 6.81
正答率(%)4317352731

日本語の能力を調べる読書力診断検査を実施した結果、14名の正答数の平均は127問中92.8問, SD=22.03(正答率67%)であった。項目ごとの結果は以下のとおり(表2-2)である。

 読字力の正答数の平均は48問中43.2問, SD=7.21(正答率85%)、語彙力の正答数の平均は31問中23問, SD=6.46(正答率66%)、文法力の正答数の平均は21問中12.2問, SD=4.91(正答率51%)、読解力の正答数の平均は27問中14.4問, SD=5.47(正答率50%)であった。

表2-2 読書力検査における項目別の成績

 読字力語彙力文法力読解力合計
正答数 標準偏差43.2 7.2123 6.4612.2 4.9114.4 5.4792.8 22.03
正答率(%)8566515067

(1)日本語力と英語力の相関

 英語力検査の正答率と読書力検査の正答率を比較し、スピアマンの順位相関行列を用いて相関係数を出したところ、r=0.75(p>.01)の強い相関がみられ、日本語能力の高いものほど英語力検査において高い成績を示す傾向があった(図4)。このことはやはり読書力検査を用いて中学生を対象に行った濵田等(2008)の研究結果と一致するものであった。

図4.英語力検査と読書力診断検査の関係(r=0.75)

(2)英語力検査及び読書力診断検査の項目ごとの相関

 英語力検査の下位項目と読書力診断検査の項目ごとの相関を出したところ、日本語の読字力はいずれの項目とも高い相関があることが分かった。

表3 英語力検査と読書力診断検査 項目別相関(*:5% **:1%)

英    読読字語彙文法読解
読字0.88**0.73**0.75**0.60*
語彙0.84**0.70**0.63*0.45
文法0.430.520.220.35
読解0.68**0.64*0.510.45*

読字力同士や語彙力同士が高い相関を示したのに対して、文法力同士はr=0.22と他に比して低い値になった。英語は日本語と文法構造が大きく異なるので、その点を視覚的にとらえやすい教材を工夫した指導の必要性が示唆された。

考察

(1)英語力下位項目の向上について

 聴覚障害児の英語力について、向上しにくい項目が文法力であったことから、文法力指導に力を入れる必要がある。その際は、村上(2009)が文法項目を定着させ、かつ使えるようにするには暗示的学習を先にして、その後で明示的に指導することが効果的であると示している通り、「気づき」を与える暗示的指導も効果的に取り込んでいくべきではないだろうか。

読書力検査下位項目と英語力検査下位項目を比較すると、いずれの項目間においても正の相関があることが示された。その中で、日本語の読字力は英語の読字力と比較すると、いずれの学年においても高い相関を示すことが分かった。 また、日本語の読字力は英語の語彙力および読解力との比較においても相関が強くなっていることも示された。 このことから、英語力の高い生徒は日本語に英語の音を結び付け、一つ一つの語・語彙に音をつけて学習しているのではないかと考えた。基本的に、英語は母音の後に複数の子音がついて一音をなす ことが一般的であり(高橋,2017)、文字と音韻単位が一対一の対応ではない(渡部, 2020)ことが言われている。つまり、日本語の音韻意識と英語の音韻意識は同じものとはいえないということが言える。このことから、英語特有の音韻意識を獲得していくことが必要になってくるが、発達の仕方は聴児よりも緩慢であるが日本語の場合4歳前半ごろから6歳後半にかけて聴覚障害児の音韻分解能力が発達することを示している(近藤,2011)。このことを考慮に入れると、小学校中学年から始まる英語学習において英語特有の音韻意識を獲得していくことは難しいことが言える。そのため、聴覚の使用が困難な聴覚障害児にとっては、既に内在化している日本語の音韻意識を英語に当てはめていくことの重要性が示唆されたと考える。

(2)英語音韻意識の育成について

 英語力の下位項目の相関を見たところ、読字力は語彙力や読解力の向上には欠かせないことが示唆された。これに関連して、渡部(2021)は聴覚障害児において視覚的な手掛かりが、語がもつ音韻表象の理解や音と文字の結び付きの理解を助けていることが考えられると述べている。英語でも同じことが言え、音声利用を強いる必要はないが、授業の中で指文字やカタカナなどを用いて音韻意識を育成することは重要であると考える。

(3)思考の道具となる「第一言語」の獲得について

 読書力診断検査得点と英語力検査得点を比較すると正の相関が見られたことから、思考の道具となる「第一言語」の存在が英語力の向上には欠かせないのではないかと考えた。また、コミュニケーションモードの違いによる英語力検査得点の差異がみられなかったことから、コミュニケーションモードは自由でよいが、自身に合った「思考の道具」を持っておくことが大切なのではないかと考察した。

文献

  • 村上猛(2009)暗示的フォーカス・オン・フォームと明示的文法指導:日本人学習者の正確さと流暢さへの効果について. 東京都教職員研修センター
  • 渡部杏奈(2021)聴覚障害児の音韻意識と読み書きの習得に関する研究:聴覚特別支援学校在籍児を対象とした縦断的検討. 東京学芸大学リポジトリ
  • 濵田豊彦,高木恵,大鹿綾(2008)聴覚障害児の読書力と英語の学習効果に関する一研究.東京学芸大学紀要 総合教育科学系,59,379-386.
  • 近藤史野,濵田豊彦(2011)手話併用環境にある聴覚障害児の音韻分解能力の発達における検討.東京学芸大学紀要 総合教育科学系Ⅱ,62,1-11. 

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