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研究3-3 聴覚障害生徒の英語語彙サイズに及ぼす語彙学習方略の影響

吉田有里(都立立川学園・東京学芸大学教育学研究科)

1.はじめに

日本語の獲得が困難な聴覚障害児にとって英語の学習は非常に大きな困難を伴う場合が多い。聴覚障害児は日本語と日本の手話に続く3つ目の言語として、英語を学習することになり、これは聞こえる生徒よりもさらに1つ言葉を覚えるという負担である(田邊・相楽,2003)。聴覚特別支援学校での英語教育は、聞こえにくさによる言語習得の難しさなど、聴覚特別支援学校特有の課題や困り感がある(高尾,2020)。早川(2005)は高等部3年生の英語力について、中学卒業程度(英検3級程度)の英語力を身につけているのは、全体のわずか5%であると言っており、その最大の原因は単語力の不足であると言っている。

旧の学習指導要領では中学校で1200語程度、高等学校で1800語程度、高校卒業レベルでは3000語程度だったが、新学習指導要領では小学校で600〜700語程度、中学校で1600〜1800語程度、高等学校で1800〜2500語程度に増加し、高校卒業レベルでは4000〜5000語程度に増加した。このうち、東京書籍では発信語彙として小中で学習する1000語を基本語として選定している。 語彙の習得は聴覚障害児にとっても重要な課題となっている。

語彙サイズとはどれくらいの単語数を学習者が知っているか示す指標であり、語彙力は総合的な英語力の基礎になる。Nation(2006)は、第2言語学習者の語彙使用の非常に良い基礎は語彙サイズが2000〜3000語であるとしている。内田(2021)は聞こえる中高生を対象に語彙サイズテストを実施し、中学1年生が1014.96語で、学年が上がると語彙サイズも上昇し、高校3年生では3192.71語であったと報告している。眞田・鄭(2014)は、聴覚口話法による教育を受け、日常生活においても聴覚を活用している聴覚障害生徒・学生を対象とした語彙サイズテストで、中学部3年で1000語、高等部1年が1681語、高等部2年が2086語、高等部3年が2361語、大学生が3893語であったと報告している。青木ら(2006)は、聴覚障害学生の英語語彙サイズは約1300語で、基本とされる2000語に到達していないと報告しており、聴覚障害児への英語教育で語彙学習は喫緊の課題である。 

語彙学習方略とは、学習者が語彙を習得するために使う方略のことである。例えば、決定方略、社会的方略、記憶方略、認知的方略、メタ認知的方略などがあり、学習者は様々な方略を組み合わせて体系的に使用している。水本(2017)は「語彙学習は、学習者が主体的に行わなければならないものであり、学習者がそこでどのような工夫をしているかを明らかにし、その方法を他の学習者にも伝えることが、学習をサポートするために有効である」と述べている。東京書籍の中学校教科書『New Horizon』シリーズでは、全ての学年の「学び方コーナー」で語彙に関する内容が取り上げられており、生徒が主体的に語彙を増やせるように支援している。語彙は授業内で全てを教えることはできないので、生徒が自ら進んで学べるように学び方を教えることが重要である。

2.目的

聴覚特別支援学校中学部高等部に在籍する生徒に対して、語彙サイズテストと語彙学習方略質問紙調査を行い、英語の語彙力と語彙の学び方の関係を明らかにし、語彙学習の特徴の手がかりを得ることを目的とする。

なお、実施に当たり各学校長に承諾を得たうえで、保護者に書面で研究の趣旨や方法について説明を行い、保護者及び本人から承諾を得られたものを対象とした。

3.方法

1)調査対象

 関東地方の聴覚特別支援学校2校に在籍する中学部高等部に在籍する聴覚障害生徒131名を調査対象とした。各対象の学年(表1)および良聴耳の平均聴力レベル(表2)を以下に示した。

表1.調査対象者学年

 中1中2中3高1高2高3合計
人数(人)211622252225131

表2.良聴耳平均聴力レベル

 59dB 未満60〜 69dB70〜 79dB80〜 89dB90〜 99dB100〜 109dB110〜 119dB120dB 以上回答 なし合計
人数(人)98121931289132131

2)手続き

2-1.語彙サイズテスト

 綴りを見て日本語の意味を3つの選択肢から選ぶ単語テストで、最大3000語まで測ることができる問題数75問の中学生用の語彙サイズテスト(佐藤,2021)を実施した。

2-2.語彙学習方略質問紙

アンケート 25項目から4段階尺度形式の質問紙を作成した。聴者を対象とした先行研究(平野,2000)と聴覚障害生徒・学生を対象とした先行研究(眞田・鄭,2014)を参考に、手話を日常的に使っている生徒でも回答できることを考慮して作成した。現職の聴覚特別支援学校英語科教員2名に意見を求め、修正したものを使用した。

4.結果

聴覚特別支援学校の中学部高等部に在籍する聴覚障害生徒131名から回答を得た。 なお、自由記述の項目は、設問によって回答者数と回答数が一致しない。

1)語彙サイズ平均値と学年

 学年による英語語彙サイズの変化を調べるために中学部1〜3年生、高等部1〜3年生毎の語彙サイズ平均値(M)と標準偏差(SD)を求めた(表3)。分散分析の結果、学年の効果は有意であった(F(5,125)= 12.077, p<0.01)。多重比較を行ったところ、高3は中1、中2、中3よりも、高2は中1、中2、中3よりも、高1は中1よりも、語彙サイズが1%水準で優位に高いことが示された(図1)。

表3.学年別の語彙サイズ平均値、最大値、最小値、標準偏差(n=131)

 中1中2中3高1高2高3全体
平均値1169.521352.501309.091763.201996.362059.201637.25
最大値1640204020402720276028002800
最小値6407205204001000960520
標準偏差295.27346.63382.91658.07506.55664.64602.02
図1.学年別の語彙サイズ平均値

2)語彙サイズ平均値と家庭でのコミュニケーション手段

 家庭でのコミュニケーション手段を「手話のみ」「手話優位と口話」「口話優位と手話」「口話のみ」の4つで分類し、A聴覚特別支援学校では教員が回答し、B聴覚特別支援学校では生徒自身が回答した。「手話のみ」が35名、「手話優位と口話」が27名、「口話優位と手話」が29名となった。

家庭でのコミュニケーション手段による英語語彙サイズの違いを調べるために、家庭でのコミュニケーション手段毎の語彙サイズ平均値を求めた(図2)。家庭でのコミュニケーション手段による語彙サイズの平均値は大きな差は見られなかった。

図2.家庭でのコミュニケーション手段毎の語彙サイズ平均値

3)語彙学習方略の平均値

全体の傾向を掴むために、便宜的に「いつも使う」を4点、「時々使う」を3点、「あまり使わない」を2点、「全く使わない」を1点として、各方略の平均値と標準偏差を求めた(表4)。語彙学習によって最も頻繁に用いられているのが「単語を書いて覚える」でついで「日本語で意味を思い浮かべながら覚える」「 頭の中で独り言のように声や音を出して覚える」であり、逆に使用頻度が低いのが「音声を聞いて覚える」「 発音が似ている単語をまとめて覚える」「単語を1つのかたまりとして、その全体の形を覚える」であった。

表4.語彙学習方略の平均値

方略平均点標準偏差
22 単語を書いて覚える3.170.96
16 日本語で意味を思い浮かべながら覚える3.071.04
24 頭の中で独り言のように声や音を出して覚える2.911.21
5 単語のスペルを1文字ずつ確認して覚える2.711.09
4 文章の中で単語がどのように使われているのか確認して覚える2.680.96
9 単語を部分に分けて覚える2.681.19
18 発音したり書いたりはしないで、じっと見て覚える2.591.07
15 自分が好きな動画や歌に出てくる英単語を調べて覚える2.561.22
13 単語をローマ字読みや語呂合わせで覚える2.511.16
8 頭の中に単語の絵やイメージ・情景を浮かべて覚える2.501.08
19 発音が近い日本語の単語を思い浮かべながら覚える2.371.17
17 類義語や対義語をまとめて覚える2.241.03
12 発音記号を見て、単語の読み方を考えながら覚える2.221.15
1 単語の上にカタカナで読み方を書いて覚える2.191.11
2 単語を実際に声に出して覚える2.151.14
6 関連する単語をまとめて覚える2.111.04
21 スペルが似ている単語をまとめて覚える2.031.12
14 動きや表情で実際に表現して覚える1.981.08
11 アメリカ手話(ASL)の指文字で表しながら覚える1.891.11
3 手は動かさずに、頭の中で日本の手話を思い浮かべながら覚える1.821.01
23 単語の意味を日本の手話で実際に表現して覚える1.811.01
7 音声を聞いて覚える1.741.07
10 発音が似ている単語をまとめて覚える1.691.00
20単語を1つのかたまりとして、その全体の形を覚える1.650.97

語彙学習方略と語彙サイズの関係をグラフで示した(図3)。r=0.17で有意な相関関係は見られなかった。方略の平均値は1000語未満群が2.19、1000語以上200語未満群が2.33、2000語以上群が2.37であった。1000語未満の16名は、使う方略数が他の群より少ないことが明らかになった。1000語未満群内では、より多くの方略を使う生徒の方が、語彙サイズが大きいことが明らかになった。

図3 語彙学習方略の平均値と語彙サイズ(r=0.17)

高等部2・3年で2000語を境に用いる語彙学習方略の傾向を知るために、平均値の差の絶対値が大きい上3項目について検討した(表5)。「単語を書いて覚える(全体平均値3.17)」は2000語未満群ではよく使われていたが、「頭の中に単語の絵やイメージ・情景を浮かべて覚える(全体平均値2.50)」と「発音したり書いたりはしないで、じっと見て覚える(全体平均値2.59)」は、2000語以上群で使用頻度が高い方略であった。

高等部2・3年で2000語を境に用いる語彙学習方略の傾向を知るために、平均値の差の絶対値が大きい上3項目について検討した(表5)。「単語を書いて覚える(全体平均値3.17)」は2000語未満群ではよく使われていたが、「頭の中に単語の絵やイメージ・情景を浮かべて覚える(全体平均値2.50)」と「発音したり書いたりはしないで、じっと見て覚える(全体平均値2.59)」は、2000語以上群で使用頻度が高い方略であった。

表5 高等部2・3年内の比較(n=47)

2000語未満群 (n=18)2000語以上群 (n=29)
単語を書いて覚える3.442.86-0.58
頭の中に単語の絵やイメージ・
情景を浮かべて覚える
2.173.000.83
発音したり書いたりはしないで、
じっと見て覚える
2.282.860.58

5.考察

学年が上がるにつれて、語彙サイズの平均値と標準偏差は増加した。学年が語彙サイズに影響していることと学年が上がるにつれて個人差が大きくなることが明らかになった。この傾向は、先行研究で示された聞こえる生徒や、聴覚口話法による教育を受け、日常生活においても聴覚を活用している聴覚障害生徒の結果と同様であった。手話を活用している聴覚障害児においても、学習を積み重ねることで、語彙サイズの上昇が期待できる。語彙サイズと家庭や学校でのコミュニケーション手段は相関が見られず、生徒は自身に合ったコミュニケーション手段を使いながら、語彙サイズを伸長させることが可能なことが示唆された。ほとんどの生徒が複数の語彙学習方略を組み合わせて活用していることが明らかになった。「単語を書いて覚える」が最も使われている方略であった。語彙サイズと学習方略平均値の間に相関は見られなかった。多様な学習方略を使っている生徒が、語彙サイズが大きいのではなく、自分に適した学習方略を選択し使用することが語彙サイズに関係している可能性がある。ただし、1000語未満の生徒は、使っている方略が少なく、より具体的な指導が必要なことが示唆された。Barcroft(2006)は、書き写すよりも書かない方が語彙テストの成績が良かったことを報告しており、その理由として、ただ手を動かして書いているだけでは効果がないとしており、書き写す作業が形と意味の対応付けに必要な処理資源を奪ったからであるとしている。つまり、高等部2・3年2000語以上群は単語の意味や綴りを考えながらじっと見て学習しているが、高等部2・3年2000語未満群は意味や綴りを考えずにただ書いている可能性がある。書くことは聞こえる生徒も多用する方略で、今回の調査でも1番使われている方略である。生徒が書く方略を使うのならば、ただ作業として書くのではなく、書きながら単語の意味を絵やイメージで思い浮かべたり、綴りを確認したりしながら書くように教員は指導することができるだろう。

参考文献

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