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研究4-1 聴覚特別支援学校小学部児童への英語フォニックス指導の実践

吉田有里(都立立川学園・東京学芸大学教育学研究科)

1.はじめに

新学習指導要領が始まり、聴覚特別支援学校小学部5年生から教科としての外国語(英語)の学習が始まった。多くの聴覚特別支援学校小学部は中学部高等部が併設されており、英語の教員免許をもっている教員が小学部英語を担当している。しかし、全国調査からは音声と文字とを関連付ける指導が十分に行われているとは言い難い。聴覚障害児にとっても英単語の学習が中学部での英語力の基礎となっているとされる。英単語を文字の羅列としてだけ学ぶことは記憶に大きな負担となり、英語でのコミュニケーションの楽しさを知る前に英語に苦手意識をもつ児童生徒もいるだろう。

フォニックスとは英語圏で開発された綴りと発音との関係を学ぶことで英語の読み書きの力を高める学習方法であり、イギリスでは、Key Stage 1の時にフォニックスのスクリーニング検査があり、テストを通過しない場合は次年度にもう一度学習する必要がある。英語圏のイギリスと外国語として英語を学んでいる日本とは環境が異なるが、聞こえる日本の小学校高学年児童に対しての統合的フォニックス指導が有効であった(入山 2023)との報告もあり、子ども用の英会話スクールなどでもフォニックスの学習が提供されている。

学習指導要領解説外国語編(文部科学省 2017)では中学校で発音と綴りとを関連付けて指導することとなっているが、聴覚からのインプットに制限のある聴覚障害児には早期から文字を使って明示的に発音と綴りの規則を教えることも有効であると考えられる。多くの聴覚特別支援学校ではルビを活用することで英語の音声を視覚化している。カタカナなどのルビを用いて英語を指導すると、英語の音節を壊して、日本語のモーラで表現することになるので、通じる英語を身に付けることができないとの考え方もある。聴覚障害児は聞こえにくい環境の中で、学習しており情報保障として英語の音声を既知の言語で文字化することは必要だと言えるだろう。

比嘉(2013)は中学部生徒に対してカタカナや色分けを用いたフォニックスを取り入れた単語指導を実施し、生徒が文字と音を対応させて単語を習得したり、未習語を読むことができたりしたことを報告している。しかし聴覚特別支援学校に通う小学部児童に対してフォニックス指導の実践報告はまだない。そこで本稿では、半年間における小学部高学年に対するフォニックス指導の実践を報告する。

2.目的

聴覚特別支援学校小学部5、6年生児童に対して、英語の音声と文字との関係性を明示的に教える指導を月に1回程度行い、児童の英単語を読んだり書いたりする力がどのように変容したか検証することを目的とする。

対象児

対象児は5年生7名と6年生5名であった。全員が補聴器か人工内耳を装用しており、良耳の装用時閾値は22dBから55dBであった。デフファミリー出身者は3名で、家でのコミュニケーション手段は4名が手話優位で口話を使っており、8名が口話優位で手話を使っている。学校でのコミュニケーション手段は3名が手話優位で口話を使っており、9名が口話優位で手話を使っている。全ての回に参加したのは2名であった。

3.実践の記録

10月13日(参加者5年生7名、6年生5名)

初回の活動として、アセスメントを行なった。内容は、ローマ字、文字の名称と文字の結び付けを行なった。ローマ字で「つ」を書く問題では、5年生1名がtsu、2名がtu、4名が無回答で、6年生5名全員がtuと書いた。このことから、6年生の多くは訓令式ローマ字が定着しており、5年生は6年生になるまでに定着するであろうことが予想された。文字の名称と文字の結び付けの問題数は大文字3問と小文字3問で、平均正答数は3.83であった。大文字ではエイをIやEと誤答したものや小文字ではイーをi、エムをn、エスをnやmと誤答したものがあった。大文字を小文字に、小文字を大文字にして書く課題ではJを見てjを書く課題で、第3線(基線)より下まで線が伸びていない回答が9名あり、文字の高さに注意して指導する必要性を感じた。クイズアプリを使って大文字と小文字、その名称を確認したり(写真1)、アルファベットの順番を確認した(写真2)。

写真1 wの指文字をする児童
写真2 アルファベットの順番を確認する児童

10月20日(参加者5年生2名、6年生1名)

大文字と小文字、アメリカ手話の指文字の学習を行った(写真3)。後半は英語の絵本を読み、アルファベットを順番に並べる活動をした。5年生の秋頃に学習する道案内で使われているrightやleftという単語が、ハロウィンの絵本にも出てきたので、児童は学校での学びを思い出しながら活動に取り組むことができた(写真4)。

写真3 大文字と小文字、指文字の学習
写真4 leftとrightのアメリカ手話をしている児童

11月10日(参加者5年生5名、6年生4名)

児童は始まりの音が同じ絵を選ぶ活動に不慣れな様子があり、手続きに慣れるためにプリントを使って短期記憶に基づいた語頭音同定課題を行った。その後、大文字と小文字の学習を行なった。クイズアプリを用いてbとd、pとqなど間違えやすい文字について復習テストを行なった。この復習テストでは読み方は音声と指文字で提示した。家や学校でのコミュニケーション手段が手話優位の児童の方が口話優位の児童より正答率が高かった。


12月8日(参加者5年生6名、6年生5名)

ジョリーフォニックスを用いて学習した文字はs、a、t、i、p、nであった。英語の文字の読み方には名称/ei/だけではなく音/æ/があることを確認すると、不思議に感じている児童が数名見られた。児童には教師が英語らしい発音を聞かせると共にカタカナで音を提示した。ジョリーフォニックスの動作とアメリカ手話の指文字を合わせたような動き(s:sの指文字で蛇が這うように腕を動かす)を全員で行い、希望する児童には発音させた。またその文字が含まれる単語を連想させたり、教室の中で見つけたりさせた。練習問題では、発音を聞いたり読んだりした後に、その文字が含まれる単語を選ばせた。必要な児童にはローマ字表を配布した。クイズアプリを用いた復習テストでは、カタカナを何度も見比べ回答する様子があり、平均正答率は83%であった。(写真5)。

写真5 クイズアプリの児童端末画面

1月12日(参加者5年生4名、6年生4名)

学習した文字はe、c、k、h、r、m、dであった。ローマ字表で文字がどの50音と対応しているか確認するとcはローマ字表にはないことに驚く様子が見られた。前回の活動でローマ字表を見れば、英語の発音から綴りが予想できることがわかったようで、自らローマ字表を求める姿があった。絵を選択するだけの問題であったが、自ら綴りを推測し書こうとする児童がいた(写真6)。綴りはローマ字のようであり、英語とローマ字の違いを意識させる指導の必要性を感じた。クイズアプリを用いた復習テストの平均正答率は91%であった。

写真6 児童が推測した綴り

2月9日(参加者5年生4名、6年生3名)

学習した文字はg、o、u、l、f、bであった(写真7)。自らローマ字表を求める様子があり、何を手掛かりに回答したら良いか方略を理解しているようだった。発展問題として準備した綴りを予想する練習問題では、ローマ字のように子音と母音を合わせて入れる児童が多く見られた(写真8)。その様子から児童は英単語も日本語と同様にcv構造であると考えていることが示唆された。同時に、赤鉛筆で訂正するのではなく、消して書き直す児童もおり、テストでなくても間違えたくないという様子が見られた。クイズアプリを用いた復習テストの平均正答率は85%であった。

写真7 gの文字がローマ字表のどこにあるか発表する様子
写真8 児童が推測したglassの綴り

2月16日(参加者5年生4名、6年生4名)

学習した文字はj、z、w、v、y、x、qであった。スクリーンで提示していた読み方をプリントに記載しておくことで、自分のペースで学習を進めることができるようになった。ルビの位置は中心に置くのではなくできるだけ文字の上になるように工夫した。発展問題として準備した綴りを予想する練習問題では、子音を入れるように指示した。b、d、p 、qなど似ている文字を書く児童も依然として確認された(写真9)。クイズアプリを用いた復習テストの平均正答率は89%であった。

写真9 ルビの位置を工夫したプリントと児童回答

3月15日(参加者5年生6名、6年生4名)

初回と同様のアセスメントを行なった。ローマ字で「つ」を書く問題では、5年生5名がtu、1名が無回答で、6年生4名全員がtuと書いた。このことから、5年生の多くは訓令式ローマ字が定着したことが示唆された。6年生がヘボン式ローマ字に移行できなかった理由として、英語の教科書『NEW HORIZON Elementary English Course 6』にはヘボン式ローマ字表の記載がなく、ヘボン式ローマ字に触れる機会が十分になかったことが示唆される。文字の名称と文字の結び付けの問題数は大文字3問と小文字3問で、平均正答数は3.90であった。大文字ではエイをIやFと誤答したものや小文字ではイーをi、エムをhやy、エスをNやaと誤答したものがあった。初回のアセスメントで正答数が3問以下だった児童4名のうち、3名の正答数が向上した。しかし、初回は正解できた問題を間違える児童もおり、定着には継続的な復習が必要なことが示唆された。大文字を小文字に、小文字を大文字にして書く課題ではJを見てjを書く課題で、第3線(基線)より下まで線が伸びていない回答が減り、7名が所定の位置に書くことができた。

クイズアプリを用いたs、a、t、i、p、n、e、c、k、h、r、m、dの復習テストは、12月8日や1月12日とは異なり、ローマ字表のない状態で実施したため、単純な比較はできないことに留意が必要である。s、a、t、i、p、nの平均正答率は86%で、e、c、k、h、r、m、dの平均正答率は82%であった。タブレット端末の操作で戸惑いが見られた児童もおり、その児童は大きく正答率を落とすことになった。全体では、cの正答率が1番低かった。

短期記憶を使って、始まりの音が同じ絵を選ぶ問題では、単語の読み方をメモせずに回答した7名中、全問正解が4名、終わりの音が同じ絵を選ぶ問題では、全問正解が5名いた。単語の読み方を書いていた児童は、始まりの音も終わりの音も全て正解することができた。既知の単語のため元々読み方を知っていて書いたのかスクリーンを見てメモしたのかは判断できないため、今後は手続きの方法を工夫し、短期記憶を活用したアセスメントになるよう改善していきたい。

初回のアセスメント時と異なるべき児童の様子として2点挙げられる。1つ目が、問題文(例:読み方を見て、始まりの音(s)が同じ絵を全て選ぼう)がスクリーンに表示されると、「さしすせそ」と独り言を言って指文字をする児童がいたことである。このような様子は英語教室開始時には見られなかった。ローマ字を活用することで日本語の音韻から英単語の綴りもある程度予想できることに児童が気づいていることが示唆される。2つ目が、綴りに関しての出題はなかったが、かばん(bag)の絵にb、猫(cat)の絵にcと書く児童がおり、読み方を見ることで綴りを推測しようとしていることがわかった(写真10)。

写真10 読み方を見て、始まりの音を推測した児童回答

4.まとめ

6ヶ月間の指導を通して、児童は英語には名称と音があることを知り、少しずつ英語の読み方から綴りを推測しようとする様子が見られるようになった。文字を見せると名称と指文字はほとんどの児童が答えることができるようになった。文字の音も積極的に想像し答えるようになった。

初回のアセスメントで大文字や小文字の丁寧な学習が必要そうであった児童や読書力検査の結果が2学年以上低い児童も、ローマ字表を活用することで学習に主体的に参加し回答することができた。11月10日行った短期記憶に基づいた語頭音同定課題の成績は大きく変化しなかったが、ローマ字表がない状態で受けたクイズアプリの復習テストでは前回よりも良い成績を取った児童もいた。英語に興味のある児童は自ら綴りを予想したり、積極的に英語で話したりする様子が見られた。

教材として活用したジョリーフォニックスは音素を音、文字、動作、絵と関連付けており、ワーキングメモリの様々な場所を刺激するようデザインされている。手話や動作を伴うことで音を想起した児童もおり、聴覚障害児にとってもフォニックスを学習する有効な手段の一つと言えるだろう。

今後の課題としては、指導頻度を高め月に2回程度学習することで学習内容が定着しやすくしたい。また、今年度は一斉授業を行ったが、今後は習熟度や学年によって分かれて少人数で学習することも検討していきたい。フォニックスのルールが概ね理解できてきた児童の中には、英単語を読もうとする様子もあったため、絵本等を活用し英語を読む活動も取り入れていきたい。クイズアプリを使うことで、楽しく他者と対話的に学ぶことができた。しかし、早く正解し高得点を獲得したいと焦って回答する児童もおり、プリントかタブレットの選択は活動内容に合わせて今後も検討していきたい。来年度から聴覚特別支援学校中学部や難聴学級に進学する児童たちが、円滑に中学部での英語学習に取り組めることを願っている。

参考文献

  • 入山満恵子(2023)統合的フォニックスの指導効果検証 現代社会文化研究 76 137-148, 新潟大学大学院現代社会文化研究科.
  • ジョリーラーニング社 編著 山下桂世子 監訳(2017)はじめてのジョリーフォニックス -ティーチャーズブック-.東京書籍.
  • ジョリーラーニング社 編著 山下桂世子 監訳(2017)はじめてのジョリーフォニックス -ステューデントブック-.東京書籍.
  • 文部科学省(2017)小学校学習指導要領解説 外国語活動・外国語編.
  • 文部科学省(2017)中学校学習指導要領解説 外国語編.
  • 湯澤美紀, 湯澤正通, 山下桂世子編著(2017)ワーキングメモリと英語入門 : 多感覚を用いたシンセティック・フォニックスの提案. 北大路書房.

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