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研究3-1 認知機能特性ごとの聴覚障害児の英語語彙習得の傾向とその特徴

  • 小林汰門(東京学芸大学教育学研究科)
  • 濵田豊彦(東京学芸大学)

1. はじめに

1. 1. 我が国における近年の英語教育および英語語彙の扱いの変遷

日本の学校教育における英語の扱いはより重要となってきている。東京都教育施策大綱(2021)では、子供たち自身が、我が国や郷土の伝統や文化を理解し、そのうえで、異なる言語や文化、価値を乗り越えて関係を構築するためのコミュニケーション能力や協調性、新しい価値を創造する力を身につけることが大切であること、そして、子供たちが外国語を当たり前に使いこなすとともに、我が国の伝統文化等に立脚した広い視野や多様な人々と協働する力をもち、豊かな国際感覚を身に付けて、世界をけん引していくことができる人材を育成する必要があることが示されており、グローバル社会を生き抜くうえで、外国語の使用がコミュニケーション手段の一つとなっていく可能性がある。英語教育の充実に向けて、英語教育の早期化や学習内容および時数の増加といったようなさまざまな施策がおこなわれてきた。様々な改革の中で、英語語彙力を身につけることの必要性は高まってきており、具体の例としては、習得英単語数の増加を一つあげることができる。現行の中学校・高等学校学習指導要領(平成29年・30年改訂)では、旧来の学習指導要領(平成20年・21年改訂)と比べて、目標の習得単語数が増加した。具体的な数値は以下に示す(表1)。この数値からも、近年の学習指導要領における英単語の扱いをとっても、英語語彙力の重要性が見て取れる。

表1 中学校・高等学校で学ぶ英単語数の推移

 旧来の学習指導要領現行の学習指導要領
中学校1200語1600〜1800語
高等学校1800語1800〜2500語

Cameron(2001)は、語彙は言語の根幹であり、学習者が言語を習得する上で重要な役割を果たすと示している。また、Harmon, Wood & Keser(2009)やLinse(2005)は、第二言語学習者の意味や概念の表出はどれだけ学習者が語彙を蓄えることができているかによるため、語彙力の発達が言語発達の重要な側面となると述べている。語彙習得は重要であるものの、Meara(1980)は、語彙の学習が文法等の学習と比べて、知識を習得・発展させるために従うべき法則がないことに着目し、語彙の習得が第二言語学習者の最大の壁であると指摘している。このことから、語彙習得に関して検討を深めることは、英語教育の拡充が急速に進められている今日では、重要性が増していると考える。

しかし、聴覚障害をはじめとした障害者の英語教育に関しては十分な検討がなされてこなかった。その結果、聴覚特別支援学校における英語指導に関してはさまざまな困難さが先行研究において示されている。鈴木(2015)は、聴覚特別支援学校に在籍する生徒らについて、人工内耳の普及や補聴器の技術向上によってある程度の聴覚入力が可能な生徒数が増加した結果、聴力や障害の程度が多様になり、英語教育の指導で困難さが生じていることを示した。大鹿・高尾(2022)は、聴覚特別支援学校における小学校英語の困難さについて言及しており、学習指導要領上の4技能について、「聞くこと」、「話すこと」などの音声活用を土台として、「読むこと」、「書くこと」の習得を目標としているため、聞こえにくさのある聴覚障害児の英語指導が容易ではないと示している。このように、聴覚に障害を有する児童生徒にとって音声言語である英語を学ぶ上で困難さを示すであろうことは容易に想像できる。にもかかわらず、これまで聴覚障害教育に関する研究においては、英語教育に着目した研究は圧倒的に少ない。このため、教員は先行実践を元に指導等を検討する際の指針を組み立てることも難しいというのが現状である。

1. 2. ワーキングメモリと学習

 ワーキングメモリは、さまざまな場面でそれぞれの感覚から入力された情報を処理しつつ、その目的に向かって作動する働きのシステムのことを指し、Baddeley & Hitch(1974)によってモデルが提唱された。Baddeleyらの提案したワーキングメモリは主に3つの部分からなる。視空間刺激入力に対応する“視空間スケッチパッド”、言語音声入力に対応する“音韻ループ”、各作業に対して指示的役割を担う“中央実行系”である。このモデルに加わる形で、視覚刺激・聴覚刺激等を符号化し、エピソードを総合的に情報として入力する“エピソードバッファ”が付加された(Baddeley, 2000)。

ワーキングメモリと学習には密接な関係があるとされている。実際、多くの先行研究で、ワーキングメモリがすべての学齢期において主要教科の学習成績と密接に関連していることが示されている。Alloway, et al.(2009)は、ワーキングメモリと学習成績の関連を示すために言語性ワーキングメモリのスクリーニングテストを実施した。その結果、ワーキングメモリの得点が読解や算数の学力の個人差を説明すると示した。Gathercole, et al.(2004)は、イギリスの7歳および14歳の子どもの国語、算数、理科の学習到達度とワーキングメモリとの関連を示しており、その結果、7歳児においては国語と算数の学習到達度と言語性ワーキングメモリ、14歳児においては、数学と理科の言語性ワーキングメモリとの強い関連を示した。このことは、ワーキングメモリと学習成績との関連が中学校期に及んでいることを示すものである。

苧阪(1998)は、ワーキングメモリの働きの中で特に読みの処理にかかわる重要性を指摘している。髙橋(2001)は、読解能力の個人差がワーキングメモリの容量とかかわるとし、また、語彙が一貫して読解能力と高い関連を持つと考えた。これらのように、ワーキングメモリが言語ないしは語彙の習得に関連があることはかねてから示されている。これらが1970年台に提案されて以来、ワーキングメモリは今日まで議論が展開され続けている認知心理学領域における主要な概念となった。学習障害や発達障害等に関する研究が進められている中で、ワーキングメモリはいずれの障害に関与することが認められているものの、各障害においてそれが直接的な原因となるかどうかは未だに検討されている。なお、聴覚障害児・者のワーキングメモリについては、海外を中心に研究が進んでいる。Lichtenstein(1998)やPintner & Patterson(1917)は、音韻やスピーチの能力が比較的高い聴覚障害児の特徴として、系列的な記憶課題に適した音韻と時系列によるコーディング方略を用いており、メモリースパンも長いことを示した。一方、Todman & Cowdy(1993)やTodman & Seedhouse(1994)は、主に手話を使用する聴覚障害児の特徴として、視空間的なコーディング方略を多く用いており、系列の記憶保持に比して空間内の位置の記憶を得意としていることを示した。これらの先行研究から、Hall & Bavelier(2010)は、系列的な課題が手話を使用する聴覚障害者に本質的に適していないと述べ、聴児と聴覚障害児には、異なるアセスメントが必要になってくるのではないかと示唆している。また、Ottem(1980)は、聴覚障害児は聴児よりも、複数の概念、多次元の刺激、断片的な情報などを関連付け、統合するような認知的な課題での成績が低いことを示している。また、言語学習との関連については、四日市ら(2018)において、記憶と関連するワーキングメモリで聴覚障害児と聴児で異なっているのは、ワーキングメモリにおける文脈情報の利用や長期記憶にある既有知識の活用の面であることが示されている。これらの主な理由としては、Liben(1979)やMarschark & Everhart(1999)が示しているように、聴覚障害児が与えられた知識をそこでどう用いれば良いのかがわからないということがあげられる。

 以上より、聴覚障害児のワーキングメモリに関する研究は、補聴機器や主なコミュニケーションモードなどの対象児の特性、記憶方略等がワーキングメモリの下位システムに対してどのような影響を及ぼすかなどについて検討されている。しかし、これまでの研究において、聴覚障害児のワーキングメモリと第二言語習得としての英語学習の関連についての検討はほとんど存在していない。したがって、聴覚入力に困難さを示す聴覚障害児の認知機能的な側面から語彙習得に関して検討し、特徴と傾向を示すことは意義がある。

2. 目的

 本研究では、聴覚特別支援学校中学部および高等部に在籍する聴覚障害児を対象に記憶課題(順唱課題・逆唱課題・SM課題・LP課題)と英語課題(ローマ字課題・スペル課題・読み方課題)を実施し、聴覚障害児の認知機能特性ごとの英語語彙習得の傾向とその特徴について明らかにすることを目的とした。加えて、以下の3点についても検討することとした。

①聴覚障害児の視覚処理的側面が英単語習得に及ぼす影響について

②聴覚障害児の音韻の活用が英単語習得を促進する可能性について

③これらの検討を踏まえた聴覚障害児の認知特性(記憶課題の成績の偏り)に応じた指導法の重要性について

3. 方法

3. 1. 対象

対象児は、聴覚特別支援学校中学部に在籍する生徒20名(中学1年生6名、中学2年生4名、中学3年生10名)、高等部に在籍する生徒25名(高校1年生10名、高校2年生9名、高校3年生6名)、計45名(平均聴力:92dB、SD:22.12)であった。

3. 2. 対象児のプロフィール

生徒の平均聴力レベル、補聴器機、家庭でのコミュニケーション手段、学校でのコミュニケーション手段を事前に学校担任にプロフィールとして記入させた。また、生徒の英語力を英語の授業を担当している教員に実用英語技能検定のレベルをもとにして5件法で記入させた(英検5級未満、英検5級程度、英検4級程度、英検3級程度、英検順2級程度)。

平均聴力レベルについては、平均聴力レベル(右)が97dBHL(SD:22.99)、平均聴力レベル(左)が96dBHL(SD:20.93)、平均聴力レベル(良耳)が92.2dBHL(SD:22.12)となった。

普段装用している補聴機器については、補聴器を装用している生徒が30名、片耳に人工内耳を装用している生徒が8名、両耳に人工内耳を装用している生徒が5名、装用なしが2名であった。

英語力については、英検5級未満の生徒が20名、英検5級程度の生徒が8名、英検4級程度の生徒が15名、英検3級程度の生徒が1名、英検準2級程度の生徒が1名となった。

主なコミュニケーション手段については、家庭での手段と学校での手段との2通りに分けて記入させた。家庭での主なコミュニケーション手段としては、手話のみが12名、手話優位が3名、口話のみが14名、口話優位が16名となった。学校での主なコミュニケーション手段としては、手話のみが13名、手話優位が2名、口話のみが3名、口話優位が27名となった。

3. 3. 実施課題について

3. 3. 1. 記憶課題

図1 ワーキングメモリに対応した課題

テキスト ボックス: 図1 ワーキングメモリに対応した課題Baddeleyらのワーキングメモリのコンポーネントモデル(Baddeley, Allen, & Hitch, 2011)に基づいて記憶に関する課題を設定し、実施した(図1)。中央実行系、視空間スケッチパッド、音韻ループのそれぞれに対し、課題を設定した。

3. 3. 1. 1. 数字順唱・逆唱課題

 音韻ループについては、数唱課題を設定した。銘苅(2018)の課題を参考にして作成した。モニターに数字を提示し、出てきた数字について書きとらせた。提示時間は1文字0.75秒に設定し、全5問実施した(表2)。順唱、逆唱ともに実施した。順唱課題、逆唱課題ともに3文字提示から開始し、7文字提示まで実施した。各回、正確に全ての数字を記入できた場合を点数とする完全解答としたため、満点を5点とした。

表2 数唱課題の問題構成

順唱課題逆唱課題
13,8,02,8,1
24,7,2,15,3,9,4
32,9,5,6,46,7,9,1,3
48,3,1,5,9,37,5,3,4,2,1
52,1,6,8,9,2,98,0,3,6,9,1,4

3. 3. 1. 2. 黒丸記憶課題

視空間スケッチパッドについては、スタティック・マトリックス課題を設定した(以下、SM課題)。本課題は丹野ら(2017)と長南ら(2022)の課題を参考にして作成した。4×4のマスに分割されたモニターに黒い丸が1つずつ現れ、提示終了後に黒い丸が現れた順序と場所を書きとらせた。提示時間は1つにつき1秒とし、全5問実施した(図3.2)。3個提示から開始し、5個提示まで実施した。各回、正確に全ての数字を記入できた場合を点数とする完全解答としたため、満点は5点とした。

図2 SM課題の提示および回答方法

3. 3. 1. 3. レターピクチャー課題

中央実行系については、レターピクチャー課題を設定した(以下、LP課題)。本課題はCepeda, Kramer, & Gonzalez de Sather(2001)と長南ら(2019)の課題を参考にして作成した。Cepeda, Kramer, & Gonzalez de Satherは聴児を対象児に課題を実施しており、その内容はモニターに提示された数字が「偶数」か「奇数」か、文字が「母音」か「子音」かを解答させるものであった。しかし、今回は対象児が聴覚障害児であり、聴覚障害児の語彙の発達が聴児に比して遅れが生じやすいことを踏まえて課題を作成した(図3)。文字と絵をモニターに提示し、提示された文字と絵が画面上部にある場合は、その文字が「ひらがな」か「カタカナ」かを解答させた。提示された文字と絵が画面下部にある場合は、その絵が「食べ物」か「乗り物」かを解答させた。提示時間は1問0.75秒に設定し、全5問実施したため、満点は5点とした。

図3 レターピクチャー課題の提示図

3. 3. 2. 英語課題

英語に関する課題を2つ設定し、実施した。ローマ字に関する課題と英語語彙に関する課題をそれぞれ作成することとした。

3−3−2−1. ローマ字課題

 アルファベットの識字およびローマ字の理解、アルファベットの音素の混成スキルを評価するために、ローマ字課題を設定した。銘苅(2018)の課題を参考にして、ひらがなをヘボン式ローマ字になおさせた。制限時間は5分間に設定した。問題には、清音・撥音・促音・拗音の表記を含んだ(表3)。

表3 ローマ字課題の問題構成

(1)ざいな(6)うこぶ
(2)のがり(7)とぜひ
(3)しゅたむ(8)すひゃて
(4)めおっけ(9)みっれく
(5)るんき(10)よまん

3−3−2−2. 英語語彙短期記憶課題

英語語彙については、小林ら(2023)が実施した英語語彙短期記憶課題を参考に課題を作成し実施した。1文字0.3秒としてモニターに英単語を短時間提示し、その後、見えた英単語のスペルとその読み方を書かせた。問題構成は、Dollaghan & Campbell(1998)にて用いられたEnglish Nonword Repetition Taskを参考にした。これらは全て非単語で構成されているが、英語の音韻体系に基づいて作成された単語のみが扱われているため、読み方をカタカナで表記することに問題は生じないとした。読み方の正答については、事前に大学生に同課題を実施し、その回答から正答を定めた(表4)

表4 英語語彙短期記憶課題の問題構成

1Syllable
nigh+b
Naib
rope
Voup
gouge
Touge
d/boy+f
Doif
2Syllable
day bach
Tayvock
Cho[ck]bag
Chovag
ca[t]type
Vachipe
Noi[se]cow+f
Noitowf
3Syllable
Chee[k]boy cow+b
Cheenoytaub
nigh toe babe
Naichoveib
boy cow cab
Doytauvab
day boy chai+g
Taevoychaig
4Syllable
day tah chai boy-p
Vaytahchaidoyp
Da[d]low boy chee[k]+g
Davochaidoyp
nigh boy cow tube NaichoytauvubeTa[p] vah chee[k]nigh+b Tavahcheenaig

3. 4. 研究倫理について

実施に際して、研究の目的および遵守する研究倫理について対象児の学校長に説明し、実施の同意を得た。その後、保護者宛に実施に関する同意書を配布し、同意が得られた生徒のみに研究を実施した。同意を得る際、本研究の成果を公表する場合は個人が特定される形では一切行わないこと、研究への参加は自由意志に基づいて行われること、答えたくない項目には答えなくても良いこと、研究への参加はいつでも撤回でき、撤回しても不利益は生じないこと、回答を終了した後でも研究への参加を撤回できること、撤回する時の連絡先や連絡方法等を明記した。

また、本調査は筆者が在籍する東京学芸大学の研究倫理規定やヘルシンキ宣言に基づいて実施し、同大学の研究倫理委員会から承諾を得ている。

4. 結果

研究に同意を得られた45名分の記憶課題(順唱課題、数唱課題、SM課題、LP課題)と英語課題(ローマ字課題、英語語彙短期記憶課題)のそれぞれの平均正答数、標準偏差を求めた。また、それぞれの課題間の関係や相関関係を調べた。LP課題については天井効果を示したため(対象児の89%が最高評価)、分析においては、今回は対象外とした。

また、事前に得たプロフィールデータである平均聴力やコミュニケーションモード等によって対象を群分けし、英語課題の成績の変化を調べた。加えて、課題全体の成績比較だけでなく、対象児の記憶課題間の成績比較を行ったうえでの英語課題の成績の変化も調べた。

4. 1. 各課題の成績について

4. 1. 1. 記憶課題

記憶課題の結果については、順唱課題の平均点が2.6点(SD:1.01)、逆唱課題の平均点が2.5点(SD:0.87)、SM課題の平均点が3.3点(SD:2.15)、LP課題の平均点が4.9点(SD:0.32)となった。各課題の満点は5点に設定しているため、LP課題では天井効果を示した(4.9+0.32>M=5)。また、それぞれの記憶課題の点数分布については図4にまとめた。なお、LP課題については5点が40名、4点が5名であった。

図4 順唱課題、逆唱課題、SM課題における点数分布

4. 1. 2. 英語課題

英語課題の結果については、ローマ字課題の平均点が7.2点(SD:2.25)、スペル課題の平均点が4.0点(SD:1.74)、読み方課題の平均点が2.2点(SD:2.26)となった。また、ローマ字課題、スペル課題、読み方課題の点数分布については図5にまとめた。ローマ字課題の満点は10点とし、スペル課題および読み方課題については、問題数は全16問であったが、11問目以降の正解者がいなかったため、今回は11-16問目を分析対象外とした。

図5 ローマ字課題、スペル課題、読み方課題における点数分布

4. 2. 聴力レベルおよびコミュニケーション手段ごとの課題成績について

対象児の平均聴力レベルを良耳の聴力順にパーセンタイル順位をとり、上位25%を軽度群、中位50%を中度群、下位25%を重度群として分け、群ごとの記憶課題および英語課題の成績を検討した。45名のうち、平均聴力レベルの記載がなかった2名については分析対象外とした。軽度群(n=12)の平均聴力レベルは62dB(SD:13.6)、中度群(n=19)の平均聴力レベルは97dB(SD:9.1)、重度群(n=12)の平均聴力レベルは114dB(SD:7.5)となった。結果として、聴力レベルと各課題の間では相関がなく、各群における有意差も生じなかった。

加えて、対象児を主なコミュニケーションモードごとに群分けし、群ごとの記憶課題および英語課題の成績を検討した。家庭および学校でのコミュニケーションモードが「口話のみ」および「口話優位と手話」と回答があった生徒を口話群とし、「手話のみ」および「手話優位と口話」と回答があった生徒を手話群とした。口話群(n=30)の平均聴力は86dB(SD:22.79)、手話群(n=15)の平均聴力は104dB(SD:14.87)となった。結果として、コミュニケーション手段による群間での有意差は生じなかった。

図6 平均聴力レベルごとの課題成績
図7 コミュ手段ごとの課題成績

4. 3. 各記憶課題における英語課題の成績について

4. 3. 1 ローマ字課題と英語課題の関係

対象のローマ字課題とスペル課題における成績変化を検討するため、各群の平均値に有意な差があるか否かを判定する一元配置の分散分析をデータ数は少ないが付加的に行なったところ、各群において統計上の有意差があった(p<.05)。なお、上位群(n=15)の平均点が4.5点(SD:1.85)、中位群(n=15)の平均点が4.6点(SD:1.30)、下位群(n=15)の平均点が3.1点(SD:1.71)であった。加えて、多重比較検定においては、下位群と中位群、下位群と上位群において統計上の有意差があった。加えて、対象のローマ字課題と読み方課題における成績変化を検討するため、同様に一元配置の分散分析をデータ数は少ないが付加的に行なったところ、各群において統計上の有意差はなかった。(p>.05)。なお、上位群(n=15)の平均点が2.4点(SD:2.64)、中位群(n=15)の平均点が3.1点(SD:1.92)、下位群(n=15)の平均点が1.2点(SD:1.82)であった。平均値としては、下位群と中位群において、1.9点の差があった。

図8 ローマ字課題とスペル課題の関係
図9 ローマ字課題と読み方課題の関係

4. 3. 2 順唱課題と英語課題の関係

対象の順唱課題とスペル課題における成績変化を検討するため、各群の平均値に有意な差があるか否かを判定する一元配置の分散分析をデータ数は少ないが付加的に行なったところ、各群において有意差がなかった(p>.05)。なお、上位群(n=24)の平均点が4.4点(SD:1.61)、下位群(n=21)の平均点が3.7点(SD:1.85)であった。加えて、対象の順唱課題と読み方課題における成績変化を検討するため、同様に一元配置の分散分析をデータ数は少ないが付加的に行なったところ、各群において有意差があった(p<.05)。なお、上位群(n=24)の平均点が2.9点(SD:2.30)、下位群(n=21)の平均点が1.5点(SD:1.99)であった。加えて、多重比較検定においては、下位群と上位群において統計上の有意差があった。

図10 順唱課題とスペル課題の関係
図11 順唱課題と読み方課題の関係

4. 3. 3 逆唱課題と英語課題の関係

対象の逆唱課題とスペル課題における成績変化を検討するため、各群の平均値に有意な差があるか否かを判定する一元配置の分散分析をデータ数は少ないが付加的に行なったところ、各群において有意差があった(p<.01)。なお、上位群(n=23)の平均点が4.8点(SD:1.66)、下位群(n=22)の平均点が3.2点(SD:1.66)であった。加えて、多重比較検定においては、下位群と上位群において統計上の有意差があった。加えて、対象の逆唱課題と読み方課題における成績変化を検討するため、同様に一元配置の分散分析をデータ数は少ないが付加的に行なったところ、各群において有意差があった(p<.05)。なお、上位群(n=23)の平均点が3.0点(SD:2.33)、下位群(n=22)の平均点が1.5点(SD:1.97)であった。加えて、多重比較検定においては、下位群と上位群において統計上の有意差があった。

図12 逆唱課題とスペル課題の関係
図13 逆唱課題と読み方課題の関係

4. 3. 4 SM課題と英語課題の関係

対象のSM課題とスペル課題における成績変化を検討するため、各群の平均値に有意な差があるか否かを判定する一元配置の分散分析をデータ数は少ないが付加的に行なったところ、各群において有意差があった(p<.05)。なお、上位群(n=20)の平均点が4.1点(SD:1.77)、中位群(n=14)の平均点が4.8点(SD:1.42)、下位群(n=11)の平均点が3点(SD:1.67)であった。加えて、多重比較検定においては、下位群と中位群において統計上の有意差があった。加えて、対象のSM課題と読み方課題における成績変化を検討するため、同様に一元配置の分散分析をデータ数は少ないが付加的に行なった(図4.45,表4.53)ところ、各群において有意差はなかった(p>.05)。なお、上位群(n=20)の平均点が2.55点(SD:2.24)、中位群(n=14)の平均点が2.4点(SD:2.53)、下位群(n=11)の平均点が1.6点(SD:1.97)であった。

図14 SM課題とスペル課題の関係
図15 SM課題と読み方課題の関係

4. 4. 英語課題に影響を及ぼす記憶課題の成績について

対象のそれぞれの記憶課題の点数による英語課題の成績を比較し、英語学習に影響するワーキングメモリの最低条件(臨界得点)について検討した。なお、ここでは音韻ループを検証するために実施した順唱課題の点数、視空間スケッチパッドを検証するために実施したSM課題の点数を用いて比較検討をおこなった。

4. 4. 1. 順唱課題の得点群ごとの英語課題の成績

ワーキングメモリを支える構成要素である音韻ループに関係する検査として実施した数唱課題について検討した。順唱課題の得点ごとに群分けし、3つの群の英語課題の成績を比較した(表5―表8)。ローマ字課題については、全ての群において全体の平均成績との差が全て1.0ポイント未満になった。加えて、スペル課題についても、全ての群において全体の平均成績との差が全て1.0ポイント未満になった。読み方課題については、順唱課題0点群と全体の平均成績との差が2.2ポイント、順唱課題2点以下群と全体の平均成績との差が0.7ポイント、順唱課題3点以下群と全体の平均成績との差が0.3ポイントとなった。

表5 順唱課題0点群(n=2)

 ローマ字課題スペル課題読み方課題
平均7.0(−0.2)4.0(±0)0(−2.2)
SD2.831.410

※()は全体平均との差

表6 順唱課題2点以下群(n=21)

 ローマ字課題スペル課題読み方課題
平均7.2(±0)3.7(−0.3)1.5(−0.7)
SD2.191.851.99

表7 順唱課題3点以下群(n=37)

 ローマ字課題スペル課題読み方課題
平均7.0(−0.2)3.9(−0.1)1.9(−0.3)
SD2.251.611.98

表8 課題全体の平均成績(n=45)

 ローマ字課題スペル課題読み方課題
平均7.24.02.2
SD2.251.742.26

4. 4. 2. SM課題の得点群ごとの英語課題の成績

ワーキングメモリを支える構成要素である視空間スケッチパッドに関係する検査として実施したSM課題について検討した。順唱課題の得点ごとに群分けし、4つの群の英語課題の成績を比較した(表9―表13)。ローマ字課題については、SM課題1点群と全体の平均成績との差が4.9ポイント、SM課題2点以下群と全体の平均成績との差が1.4ポイント、SM課題3点以下群と全体の平均成績との差が0.2ポイント、SM課題4点以下群と全体の平均成績との差が0ポイントとなった。スペル課題については、SM課題1点群と全体の平均成績との差が2.0ポイント、SM課題2点以下群と全体の平均成績との差が1.0ポイント、SM課題3点以下群と全体の平均成績との差が0ポイント、SM課題4点以下群と全体の平均成績との差が0ポイントとなった。読み方課題については、SM課題1点群と全体の平均成績との差が2.2ポイント、SM課題2点以下群と全体の平均成績との差が0.6ポイント、SM課題3点以下群と全体の平均成績との差が0.2ポイント、SM課題4点以下群と全体の平均成績との差が0ポイントとなった。

表9 SM課題1点群(n=3)

 ローマ字課題スペル課題読み方課題
平均2.3(−4.9)2.0(−2.0)0(−2.2)
SD2.521.000

※()は全体平均との差

表10 SM課題2点以下群(n=11)

 ローマ字課題スペル課題読み方課題
平均5.8(−1.4)3.0(−1.0)1.6(−0.6)
SD2.711.671.97

表11 SM課題3点以下群(n=25)

 ローマ字課題スペル課題読み方課題
平均7.0(−0.2)4.0(±0)2.0(−0.2)
SD2.321.762.29

表12 SM課題4点以下群(n=37)

 ローマ字課題スペル課題読み方課題
平均7.2(±0)4.0(±0)2.2(±0)
SD2.251.792.40

表13 課題全体の平均成績(n=45)

 ローマ字課題スペル課題読み方課題
平均7.24.02.2
SD2.251.742.26

4. 5. 対象児の認知特性の偏りについて

これまで、それぞれの課題全体の平均点によって、スペル課題および読み方課題の成績について検討してきた。次に、対象児の記憶課題間の平均点の差によって群分けし、スペル課題および読み方課題の成績を検討することで、対象児の記憶の側面の影響を明らかにした。順唱課題優位上位5%群、SM課題優位課題上位5%群のそれぞれの成績を表14―15にまとめた。順唱課題優位上位5%群(n=4)の平均聴力レベルは70dB(SD:33.69)、SM課題優位上位5%群(n=3)の平均聴力レベルは86dB(SD:32.53)となった。

表14 順唱課題優位上位5%群の課題成績(平均聴力:70dB、SD:33.69)(n=4)

 ローマ字順唱逆唱視空間中央スペル読み方
平均6.04.03.02.05.04.33.8
SD2.830.821.410.8202.752.87

表15 SM課題優位上位5%群の課題成績(平均聴力:86dB、SD:32.53)(n=3)

 ローマ字順唱逆唱視空間中央スペル読み方
平均8.71.33.04.35.05.02.0
SD1.531.1501.1501.732.65

5. 考察

 本考察では記憶課題と英語課題の関係について述べ、その傾向と特徴について検討する。5. 1.では視空間スケッチパッドについて検証したSM課題と英語課題、5. 2.では音韻ループについて検証した順唱課題および逆唱課題と英語課題の関係に着目し、考察した。また、5. 3.ではそれぞれの記憶課題全体の成績を得点ごとに群分けし英語課題全体の成績を比較することで、記憶課題の臨界得点について検討した。最後に、5. 4.では対象児個人の記憶課題の相対的な比較をおこない、それがどのように英語課題に影響を及ぼすのかを検討し、効果的な英単語学習の進め方を提案する。

5. 1. 英単語学習と視空間スケッチパッドの関連

 SM課題の成績をもとに、スペル課題および読み方課題について分散分析を用いて比較したところ、スペル課題で有意差がみられた(p<.05)。つまり、ワーキングメモリを支える構成要素である視空間スケッチパッドに関係する検査として実施したSM課題においては、成績が下位群の者はスペル課題において成績が低くなる傾向が示されたということになる。ワーキングメモリのモデルにおいては音韻ループが主に言語の学習に重要な役割を担っているとよく示されている(小那覇,2010;Baddeley et al.,1998)が、今回の結果から聴覚障害児においては視空間スケッチパッドもその役割に十分関与しているといえる。   

さらに、主なコミュニケーションモードで群分けした時に、ほとんどの課題で口話群の方が手話群に比べて平均点が高くなったが、SM課題については手話群の方が平均点が高いという結果になった。これらの結果は、聴覚情報に制限があり手話を主なコミュニケーションモードとする聴覚障害児が視空間処理能力を得意とするという深間内(2007)の結果と一致しており、それが第二言語学習においても効果的である可能性が示唆された。また、関(1982)において、聴覚障害児が単語習得の際に形態的側面から単語を捉えようとすることが示されており、特に英語を学習する上では聴覚障害が起因し、文字と音とのつながりの弱さが生じてくることが予想できるため、視空間スケッチパッドの働きが書記素や形態素の獲得により効果的になると推察した。加えて、水野(1996)では、視空間スケッチパッドの働きの中に視覚情報を単に記憶するだけではなく形態的情報を記憶の中の検索の手がかりとして利用するという働きも示されているため、聴覚障害児が語彙のひろがりを持つ手段として、視空間スケッチパッドを働かせながら学習しようとすることは英単語習得の一助となりうると考えられる。

5. 2. 英単語学習と音韻ループの関連

 順唱課題の成績をもとに、スペル課題および読み方課題について分散分析を用いて比較したところ、読み方課題で有意差がみられた(p<.05)。加えて、逆唱課題の成績をもとに、スペル課題および読み方課題について分散分析を用いて比較したところ、スペル課題と読み方課題のいずれにおいても有意差がみられた(スペル課題:p<.01、読み方課題:p<.05)。逆唱課題においてスペル課題への影響が示されたことは、逆唱課題が英単語の綴り成績に対するリスク要因としてあげられた銘苅(2015)の先行研究と一致する。また、今回、順唱課題および逆唱課題で読み方課題への影響が示されたことは、ワーキングメモリを支える構成要素である音韻ループに関係する検査として実施した数唱課題において、成績が下位群の者は主に読み方課題において成績が低くなる傾向が示されたといえる。それに加え、スペル課題と読み方課題の間に有意な相関があることが示されている(r=.70)。これらのことから、聴覚情報が制限される聴覚障害児にとっても、英語の文字と音とのつながりを学習することで英語の音韻意識を養い、頭の中で読み方等を再生しながらリハーサルすることが英単語学習に効果的であることが示唆された。ここでいう音韻意識とは正確に発音できるかということではなく、河野(2008)が示しているような文字と音とを本人なりにつなげられるというものを指し、本人なりに英単語に読み方をふれるようになることで、学習の定着につながると考えられる。

英語の文字と音との関係については、授業内で明示的に指導する必要がある。聴覚障害成人を対象としたインタビュー調査では英語授業内において、文字と音とのつながりを指導することが求められている(小林・濵田,印刷中)。英語の文字と音とのルールの原則を指導していくなかで、もちろん例外も生じてくるだろう(サイレントE(make, like)や黙字(bomb, eight)など)。銘苅(2018)は、第二言語学習者にとってもこれらの知識が英単語綴りに影響することはすでに示しており、聴覚障害児が聴児に比して偶発的に音声を通した学習をする機会が乏しくなると予想できることからも、より丁寧な指導が求められるといえる。

また、ローマ字課題の成績をもとに、スペルおよび読み方課題について分散分析を用いて比較したところ、スペル課題で有意差がみられた(p<.05)。ローマ字課題はアルファベットの文字列を見て読み方を回答する課題であり、松浦(2005)において、ローマ字知識が英語学力に影響があると示されていることに加え、英単語の読みの学習への影響も(山田・柳瀬・松浦(1988)ですでに示されている。これらの結果から、英単語に対して読み方をふる際に、ローマ字知識が頼りになることが考えられる。しかしここで注意すべきは、ローマ字と英語そのものが全く別物なことである。したがって、ローマ字知識が英語学習の入門期において効果を発揮するということ、すなわち英単語学習のきっかけとして有効であり、ローマ字知識を手がかりとする段階からいずれ脱却する必要があるということを念頭においたうえで英単語指導に活かしていくことが求められる。加えて、聴覚障害児が音声情報を利用してローマ字と英語の違いに気づくことは難しいことが予想される。したがって、ローマ字知識を利用することと英単語綴りの学習を混同させないようにすることは聴覚障害児の英単語指導において極めて重要だと考える。ワーキングメモリのモデルにおいて音韻ループが言語学習にかかわることがすでにいわれているが、今回の結果から、聴覚障害児にとってもそれはいえ、音韻ループが働くことで語彙の学習が促進されることが示唆された。

5. 3. 英単語学習を支えるワーキングメモリの影響

 対象児それぞれの記憶課題の点数によった英語課題の成績を比較することで、聴覚障害児の英語学習に対するワーキングメモリの記憶課題ごとの最低条件(臨界得点)を検討した。

まず、ワーキングメモリを支える構成要素である音韻ループに関係する検査として実施した数唱課題について検討した。順唱課題0点群(n=2)は読み方課題の平均点が0点となり、課題全体の平均点よりも2.2ポイント低くなった。また、順唱課題2点群(n=21)は読み方課題の平均点が1.5点となり、課題全体の平均点よりも0.7ポイント低くなったことから、順唱課題が1点を下回ると読み方課題の成績に影響が出ることが示唆された(表16)。このことから聴覚入力に困難さがある聴覚障害児においても、数唱を頭の中で再生するように、英単語を自分なりの音韻に基づいてリハーサルしていると考えられ、言語性ワーキングメモリには情報の保持および検索機能があること(安藤,2011)からもそれが英単語の学習に有効であると考えられる。

表16 順唱課題の成績ごとの英語課題の成績

 ローマ字課題スペル課題読み方課題
順唱課題0点群(n=2)7.0(−0.2)3.0(−1.0)0(−2.2)
順唱課題2点群(n=21)7.2(−0)3.7(−0.3)1.5(−0.7)
全体平均(n=45)7.24.02.2

※()は全体平均との差

次に、ワーキングメモリを支える構成要素である視空間スケッチパッドに関係する検査として実施したSM課題について検討した。SM課題1点群(n=3)はスペル課題の平均点が2点となり、課題全体の平均点よりも2ポイント低くなった。また、SM課題2点群(n=11)は読み方課題の平均点が3点となり、課題全体の平均点よりも1ポイント低くなったことから、SM課題が2点を下回るとスペル課題の成績に影響が出ることが示唆された。加えて、SM課題1点群はローマ字課題の平均点が2.3点となり、全体の平均よりも4.9ポイント低いという結果になった。一方、順唱課題1点群のローマ字課題の平均点が7.0点で、全体の平均との差が0.2ポイントであるという結果からも、聴覚障害児がアルファベットの識字や文字と音とのつながりを学習するためには、視覚処理能力が必要であることが推察された(表17)。視覚的情報処理が苦手な聴児のアルファベット習得には困難さがすでに示されることからも(銘苅,2022)、より丁寧かつ有効なアルファベット指導について検討する必要があるといえる(畑江,2015)。

表17 SM課題の成績ごとの英語課題の成績

 ローマ字課題スペル課題読み方課題
SM課題1点群(n=3)2.3(−4.9)2.0(−2.0)0(−2.2)
SM課題2点群(n=11)5.8(−1.4)3.0(−1.0)1.6(−0.6)
全体平均(n=45)7.24.02.2

※()は全体平均との差

ワーキングメモリが学習と密接に関わっていることはこれまでも示されているが(湯澤,2014)、第二言語として学習する英語との関連を示すものは数が少ない。加えて、聴覚障害児のワーキングメモリに着目し、学習との関連について検討した先行研究についても数が少ないのが現状である。しかし今回の結果から、聴覚障害児における英語の学習についても国語や算数のようにワーキングメモリが密接に関わっていることが示唆された。

これまでは、聴覚障害児の特性を「視覚処理が得意そうである」や「聴覚活用ができる」といったように、表面的な数値や授業者の経験から評価し、指導にあたってきた。今回のワーキングメモリとの関連を示した結果は、指導の根拠となりうると考えられる。また、対象児の聴力レベルをもとに、スペル課題および読み方課題について分散分析を用いて比較したところ、いずれの課題においても有意差はみられなかった(p>.05)。このことからも、聴覚障害児を単に聴力レベルをもとに「聞こえる」、「聞こえない」と評価するのではなく(桃坂,2023)、対象児の記憶方略や記憶の得意な側面を活かすことのできるような指導をしていくことが重要であることが示唆された。

5. 4. 聴覚障害児の認知面の偏りと英単語学習

 5. 1、5. 2で示した通り、聴覚障害児の英単語習得において、視空間スケッチパッドが英単語のスペル習得に、音韻ループが英単語の読み方習得に影響することがわかった。そして、順唱課題とSM課題の成績の差分をとることで対象児の記憶の側面に着目したところ、SM課題優位上位5%群においてはスペル課題の成績が高くなり、順唱課題優位上位5%群においては読み方課題の成績が高くなった(表18)。

表18 個人の記憶課題差における英語課題の成績

 スペル課題平均読み方課題平均
SM課題優位上位5%群(n=3)5.02.0
順唱課題優位上位5%群(n=4)4.33.8

この結果は5−1、5−2で課題全体の結果で比べた時の傾向と一致しており、記憶課題の成績が英語課題に影響を及ぼすだけでなく、それは記憶課題の差分をとったときの学習者個人の記憶の側面によってもスペル課題および読み方課題のそれぞれへ影響を及ぼすことが明らかになった。個人差のある学習に対するワーキングメモリの効果は発達の過程で変化していくとされている(Alan,2011)。そのため、ワーキングメモリにおける言語習得の機能のうち聴覚が担う部分を多方面から補っているということや、対象児の発達段階を理解することが指導においては重要になってくるといえる。また、今回の結果からは英語学習の際に、英語の文字と音とのつながりを必ずしも理解しなくても学習が進められることを示した。聴覚障害児が、視覚処理を得意とするという傾向からも、スペル学習において視空間スケッチパッドを働かせることは効果的であると考えられる。しかし、聴覚障害児は偶発的に聞こえてくることが多い聴覚情報に比して、一般に視覚情報に注意を向けることが多く、そのため「ことば」を一義的なもので捉えがちであり、言葉の広がりを理解しにくい(たとえば、“たまご”というのは一般に鶏のたまごを指す。“先生のタマゴ”の意味は「先生になることに意欲がある人」ということを意味するが、視覚で文字を捉えていると、たまごという文字から意味を1つしか捉えられないようになってしまうため、単語の意味を推測することが難しくなる)(河野,2008)。加えて、英語の文法や語構造のルールは日本語とも完全に異なっており、数にして膨大である。したがって、接頭辞や語幹、接尾辞の指導等においても、全ての意味を理解させようとするのではなく、英単語学習に有効だと思われるものを指導していく必要がある。具体的には、「先頭について方向や位置関係などを表す接頭辞」(例:up=上方)や「最後について品詞や追加機能を表す接尾辞」(例:-tion=名詞化)等、学習者が単語の学習に活かせるような指導の優先順位をつけることが重要である(桃坂,2023)。

このことから、聴覚障害児にとって英語の学習方法については個々人に合わせたさまざまなアプローチがあり、それぞれが自分に合う学習方法を見つけることが重要であると考えられる。加えて、中央教育審議会の『教育課程部会における審議のまとめ(令和3年)』において、「学習の進め方を自ら調整することに、自己に適応する学習方法を知ることが大切」と示されていることからもそれは伺うことができ、自己に適応する学習方法を知ることは、内容の理解だけでなく、学習指導要領上の目指すべき資質・能力の1つである「学びに向かう力」の育成にもつながる(桃坂,2023)。

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