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研究1-3 聴覚特別支援学校英語科担当教員を対象とした調査

-発話指導のとらえ方を中心に-

  • 吉田有里(都立立川学園・東京学芸大学教育学研究科)
  • 濱田豊彦(東京学芸大学)

1.はじめに

補聴器の進歩や早期からの人工内耳の手術などによって、聴覚活用や発音の力を高めている聴覚障害児が増えており(文部科学省,2020)、それは外国語である英語でも同様である。例えば、特別措置を受けながら中学校英語スピーキングテストを受験する生徒や実用英語検定試験でテロップ(リスニングテストを音声でなく文字で映し代替)ではなく聴者と同様に音声でリスニングを受験する生徒の増加などが挙げられる。

しかし現在でも日本語の獲得が困難な聴覚障害児にとって英語の学習は非常に大きな困難を伴う場合が多い。聴覚障害児は日本語と日本の手話に続く3つ目の言語として、英語を学習することになり、これは聞こえる生徒よりもさらに1つ言葉を覚えるという負担である(田邊・相楽,2003)。聴覚特別支援学校での英語教育は、聞こえにくさによる言語習得の難しさなど、聴覚特別支援学校特有の課題や困り感がある(高尾,2020)。早川(2005)は高等部3年生の英語力について、中学卒業程度(英検3級程度)の英語力を身につけているのは、全体のわずか5%であると言っており、その最大の原因は単語力の不足であると言っている。川岡(2001)が行った全国調査では、「単語」指導でスペリングの定着が難しいことを報告している。金・四日市(2012)が実施した全国調査では、「単語」の指導上の工夫として中学部群、高等部学年対応群、高等部学年非対応群の全てで「小テストを行う」が最上位になったが、中学部群と高等部学年非対応群では「文字カードを使って、何度も声に出して練習する」と「カタカナの言葉と結びつける」が上位3つに入っている。聴覚障害児への英語教育では長い間ルビが活用されてきた(田邊・相楽,2003)。羽柴(2023)は、「聴覚障がい児を対象としたカタカナ表記教材の活用」を作成し、教科書会社のホームページで公開しており、「ルビふり教科書」を使うことで、言語活動がより一層充実したことを報告している。岡・デール=ヘンチ(2019)の『ろう者と難聴者のための目で学ぶ英語レッスン』は、聴覚障害者を想定読者としており、英語での読み書きに特化した本ではあるが、アルファベットの文字には名前と音があることを解説しており、発音するのではなく綴りを知るためにルビを活用している場合もある。

2.目的

補聴機器の進歩により聴覚を活用しながら音声で英語のやり取りをしたいと考える聴覚障害児も増加している。一方で日常的に手話をコミュニケーション手段としており音声を用いていない生徒もいる。このような多様な子どもたちを前に教員が発話指導に関してどのようにとらえているのかを調べた。

3.方法

調査対象や手続きは研究1-1に同じ。

4.結果

(1)聴覚障害児が英語らしい発音を獲得すること

音声を活用できる聴覚障害児が英語らしい発音を獲得することの重要性について、「はい」「いいえ」「わからない」で回答を求めた。100名全員から回答を得た(図1)。

図1 聴覚障害児が英語らしい発音を獲得すること(n=100)

その理由を自由記述で求めたところ、前の質問に回答した100名中80名から回答を得た。記述に含まれたキーワードごとにカテゴリーに分け、それを含む回答をした人数を「回答数」として5件ある意見のみまとめた(表1)。なお、1名の記述が、複数のカテゴリーにカウントされている場合もある。

表1 英語らしい発音を獲得することの重要性の理由

 回答例回答数(件)
「はい」話すこと15
意欲関心態度、ニーズ11
聴者とのコミュニケーション6
キャリア6
伝わる6
「いいえ」伝わる7
筆談6
重要性が低い6
読むこと5
「わからない」意欲関心態度、ニーズ8
実態7

(2)パフォーマンステストの実施

スピーキングテストなどの「話すこと」のパフォーマンステストの実施について、「はい」「いいえ」で回答を求めた。100名中98名から回答を得た(図2)。

図2 パフォーマンステストの実施(n=98)

(3)教員の英語発話

 日本人の聞こえる教員が英語を話すときに、7つの項目について英語らしさをどれくらい意識しているか、「いつも」「時々」「あまり」「全く」の4択式で回答を求めた (図3)。

図3 教員の英語発話

(4)音声に関する言語材料で困難な事項

「知識及び技能」の言語材料として音声では5つの項目を取り扱うことになっている。 それらの項目を参考に、生徒にとって特に難しい項目について5択式で回答を求めた。100名中98名から回答を得た(図4)。

図4 音声に関する言語材料で困難な事項(n=98)

(5)音声に関する指導の有無

言語材料の音声に関する事項の定期的な指導について、「はい」「時々」「いいえ」で回答を求めた。100名中99名から回答を得た(図5)。6割の教員が定期的に音声に関する指導を行っていた。

図5 指導指導の有無(n=99)

(6)各事項の指導頻度

図6 各事項の指導頻度

(7)発音指導の担当者

発音指導を担当している教員について、日本人か外国人かその両方か回答を求めたところ、100名中95名から回答を得た(図7)。ALT単独で発音指導している例は少なかった。

図7 発音指導担当者(n=95)

(8)発音の視覚的にとらえるための方法

英語の発音を生徒にどのように視覚化しているか回答を求めたところ、100名中98名から回答を得た(図8)。その他として、ルビの一部を太字にしてアクセントを示したり、手拍子を使ってアクセントの位置を教えたりするという回答があった。

図8 発音の視覚化方法(n=98)

(9) ルビの使用

 教科書本文などの英文へのルビ振りについて、「はい」「いいえ」から選択するよう求めた。この問いに対し、100名全員から回答を得た(図9)。

図9 ルビの使用(n=100)

ルビを使って教えることへの意見を求めたところ、100名中87名から回答を得た。ルビを振る目的をカテゴリーに分け、それを含む回答をした人数を「回答数」として複数ある意見のみまとめた(表2)。なお、1名の記述が、複数のカテゴリーにカウントされている場合もある。

表2 ルビの目的や種類

 カテゴリー回答数(件)
目的英語の読み書き39
英語の発音13
苦手意識11
日本語の外来語等10

(10)聴覚障害当事者の教員による指導

小学部・中学部・高等部のいずれかで英語を担当している教員に、聴覚障害当事者であるか回答を求めたところ、100名から回答を得た。13名が聴覚障害がある当事者であった。聴覚障害のある教員に、英語の発音を指導時の工夫や課題と自身のスピーキング力向上のための工夫について自由記述で求めたところ、10名から回答を得られた。ルビの活用が4件、口形や舌の位置を見せるが3件、動画などの活用が2件、発音の指導はしないが2件であった。

5.考察

1)聴覚障害児のスピーキング

補聴機器の技術進歩や人工内耳の普及により、聴覚を活用できる児童・生徒が増えている。 本研究では50%弱の教員が音声を活用できる聴覚障害児が「英語らしい発音」を獲得することが重要であると答えた。重要だと思う教員が半数近くいたが、グローバル人材育成の文脈で「英語の明瞭な発音」を上位3項目に入れた教員は4名のみであり、英語の読み書き等と比べると聴覚特別支援学校の教員が考える優先度は低いことが明らかになった。「英語らしい発音」に関する自由記述では、本人が希望する場合はという意見が全ての群で見られた。発音は個人差が大きく、実態やニーズに沿って自己選択することの重要性が改めて示唆された。他にも、英語らしい発音を身に付けることは聞こえる日本人にとっても容易ではないとの記述が複数あった。聴覚障害児にとって最も困難な項目はLとRなど日本語母語話者には区別が難しい音やthの音など日本語にはない音、schoolのように子音で終わる単語の最後に母音を挿入しないことなど「ネイティブらしい単語の発音」であった。また、この項目の指導頻度は5項目の中で1番低かった。

学習指導要領では音声として「現代の標準的な英語」を身に付けることとしており、「多様な人々とのコミュニケーションが可能となる発音」とは英語母語話者のような英語でなく、世界中の非英語母語話者とも通じ合える英語と言い換えることができる。グローバル人材として必要な英語はネイティブらしさ(nativeness)ではなく、通じやすさ(intelligibility)である。大学入学共通テストの英語リスニングではイギリス、アメリカと並んで日本語母語話者の英語が使われている。英語はもはや英米だけのものではない。同時に、英語は聞こえる人だけのものでもない。英語は聴覚障害者を含めた多様な人々にリンガフランカとして使われるものである。

和田(2018)は「現代の標準的な発音」という抽象的な表現から、どのような音声を学ぶことが「通じる英語」につながるのか具体的に検証する必要性を説いている。聴覚障害者にとっての「通じる英語」も、概念整理と日本語の発話明瞭度と併せて検討した到達可能な目標設定が必要である。

2)視覚化の工夫(ルビの活用)

通常の学校ではルビを振ることがあまり推奨されていない印象を受ける(田中・河合,2023)が、聴覚特別支援学校では音声を視覚化するためにルビを以前から活用してきた。今回の調査でも、78%の教員が教科書本文などにルビを振っていることが明らかになった。聴覚特別支援学校の教員がルビを振る目的は、発音ではなく読み書きや語彙学習のための意見が多かった。ルビの種類はカタカナ英語のものと、より英語らしいものの2つに大別でき、ルビの目的や児童生徒の実態に合わせて使われていた。また児童・生徒の実態に合わせ、必要な児童・生徒にのみルビを提示しているという意見も多かった。

ルビに関する自由記述では、英語ではなく日本語の外来語・カタカナ語の学習について言及している意見も見られた。聴覚特別支援学校では日本語の獲得が最大の課題であり、外来語やカタカナ語の知識が十分でない児童・生徒も散見される。英語を担当する教員は目標言語の英語の獲得だけではなく、多くの学校で教授言語になっている日本語力の向上もねらいとしていることが明らかになった。

一般的にルビは、相手に通じるようにできるだけ英語の音に忠実に振られている。例えば、初学者用の『ニューホライズン英和辞典』のルビは「カナ表記法」として日本語にない英語の音を表すためにひらがなとカタカナの両方が使われている。しかし、聴覚障害教育にとってルビはそれ以上の意味があり、一括りにできない。読み書きのための綴りを想起しやすいルビ、英語を話したい児童生徒のための通じる英語のルビなど学習者の目的や実態にあったルビの類型化と検討が必要である。

教科書に関しては、聴覚特別支援学校で使用しにくい部分もあるが、多くの教員がルビを振ったり、自作教材を作成したりして工夫していることが明らかになった。しかしこれらの作業は時間がかかり、英語を教え始めて3年未満の教員は教材の蓄えも少ないため特に大きな負担となり得る。60%程の聴覚特別支援学校中学部で使われている東京書籍のウェブサイトには「ルビふり教科書」が掲載されており、このような教材を積極的に活用することで、働き方改革を進めることができるだろう。高等部では生徒の実態に合わせて採択する教科書を選ぶことができる。高等学校用教科書は、単語に発音記号とルビが併記されていたり、「本文仮名表記音読用プリント」が教師用指導書に含まれていたりする。英語を基礎から学び直す聞こえる高校生にとっても、ルビが効果的であることを教科書会社が認識しているからであろう。聴覚障害のある中学生や英語に苦手意識のある聞こえる中学生のためにも、中学校用教科書でもルビ振り教科書の活用が広がることを願っている。

参考文献

  • 羽柴直弘 (2023)中学部英語科 オリジナル『ルビふり教科書』を用いた授業展開の創造.聴覚障害,ジアース教育新社,26–31.
  • 本 田 勝 久・小 川 一 美・前 田 智 美(2007)ローマ字指導と小学校英語活動における有機的な連携.大阪教育大学紀要 V 56(1) 1-15.
  • 川岡里佳 (2001)ろう学校中学部における英語教育に関する調査結果の概要,中西喜久司 (編),聴覚障害と英語教育(上巻).三友社出版株式会社, 239−255.
  • 笠島準一(2020)ニューホライズン英和辞典第9版.東京書籍株式会社.
  • 金恩河・四日市章(2012)特別支援学校(聴覚障害)の英語指導における困難点と指導上の工夫.障害科学研究,36,121-134.
  • 岡典栄, マーティン・デール=ヘンチ(2019)ろう者と難聴者のための目で学ぶ英語レッスン.大修館書店.
  • 田中真紀子・河合裕美(2023)英語にカタカナを振ることに対する小学校教員の意識-賛成派と反対派の考えの相違:教員の英語力および英語指導力の自己評価との関係から- 神田外語大学紀要第35号,41-62.
  • 田邊達雄・相楽多恵子(2003)聴覚に障害を持つ生徒への英語教育の状況について. 広島県立保健福祉大学誌人間と科学,3 (1),83-93.
  • 和田 あずさ(2018)学習指導要領にみる英語音声教育の変遷.日本国際教養学会誌, 4(4), 119-131.

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