「9歳の峠」ということばが示すように、聴覚障害児には言語や抽象的思考において発達に困難を示す者がいることが指摘される。しかし聴覚障害児の言語や社会性の発達は個人差が大きく、全てが困難を示すわけではなく年齢相応の言語発達等を示す者もいる。近年の手話や人工内耳を活用した教育においても、年齢相応の発達を遂げる群と停滞する一群があることが明らかになっている(Greag,R 2006)。これまで聴覚障害児教育においては言語指導が重要な領域となってきたが、停滞する一群の認知特性や注意などに関して焦点が当てられることは我が国ではほとんどなかった。
アメリカでは指摘があるように(ASHA 1984)、言語発達に困難を示す聴覚障害児の中にはいわゆる発達障害(学習障害、ADHD、高機能自閉症等)を併せ持つ者が通常児以上の高い率で一定規模でいると考えられる。しかし、発達障害ゆえの読み書きの困難や行動上の不適応は聴覚障害によっても引き起こされることがありその鑑別に困難がある。それ故、日本の聴覚障害児教育の130年の中で発達障害を併せ持つ事例に関する研究が行われることがなく見逃してきた課題となっていた。
近年、人工内耳の早期からの活用が音声言語能力の獲得に有効であるとの知見がもたらされてきているが、その中にあって、聴力は改善したにも関わらず期待された言語力の獲得が困難な事例についての研究が散見されるようになってきた。また、手話を聾学校幼稚部段階から積極的に導入するようになり、手話コミュニケーションの能力から見て書記言語の習得が極端に遅れる事例について発達障害の可能性について我々は報告を行ってきた。しかしながら、教育現場の理解はまだ十分とは言い難い。そこで、本研究では以下の4点を柱として、研究を進めていくこととした。
1)聴覚障害児の中にいわゆる発達障害を併せ持つ子どもが、どのくらいの比率で存在し、現在どのような教育支援を受けているのかについて、聾学校だけでなく難聴学級も含め全国の実態を明らかにすることを第一の目的とした。
2)また、1)の全国実態調査を基に、発達障害合併事例の類型化を行うと共に、各タイプの困難状況を明らかにすることを第二の目的とした。
3)2)の類型化研究で得られた知見を基に、そのタイプごとの典型事例を抽出し継続的な教育支援による効果と変容をまとめることを第三の目的とした。
4)発達障害をともなう聴覚障害児への早期介入を目的に聴覚障害児の音韻意識の発達との関連から、発達障害様の困難事例の抽出を試みることを第4の目的とした。
本報告書は平成19年〜21年度の成果を示したものである。研究を実施するにあたり、多くの子どもたち先生方に協力をいただいた。ここに感謝申し上げます。