発達障害の中でも、自閉症スペクトラム(以下、ASDとする)に代表される対人関係やコミュニケーション、あるいは社会性の発達に課題を抱える子どもたちは、「名前を呼んでもふりむかない」、「仲間との関わりが乏しい」などの行動特徴を示す。しかしこれは聴覚に重度の障害のある聴覚障害児にも見られる行動特徴にもなりうる。聴覚障害児が同年齢の聴児と関わる場合、聴覚障害児は音声情報の入力に制限があるため、自然と関わりが乏しくなってしまう。そのため、ASDを伴う聴覚障害児の抱える課題が聴覚障害によるものかASDによるものなのかの判断が難しい。
筆者らはASDを合併する聴覚障害児に対して継続的に指導を行っている。例えば手話を主たるコミュニケーション手段としている一例を挙げると、まず視線が合わないことが大きな課題となる。手話や読話をコミュニケーション手段として使う聴覚障害児にとってアイコンタクトが取れないということは、聴児以上に大きな影響を及ぼす。そのため、注意喚起に指導時間の大半を要し、指導がなかなか進まないこともしばしばである。また観点や発想が非常に独特で、児童とやりとりをする中で手話表現自体は読み取れるが、何を意図しているのかわからないという時も多くあり、確認できないまま指導が進まざるを得ないことが多くなってしまう。これらの経験的な指導上の困難を、聴覚に障害のないASD児と聴覚障害のあるASD児にソーシャル・スキル・トレーニング(Social Skills Training;以下SSTとする)を行うことで比較することとした。
SSTは、対人行動のつまずきの原因を、社会的スキルという客観的観察が可能な学習性の行動の欠如としてとらえ、不適切な行動を修正し、必要な社会的スキルを積極的に学習させながら、対人行動の障害やつまずきを改善しようとする治療技法である(佐藤,1999)。本研究では、ASDを合併する聴覚障害児に強く現れる特徴を明らかにするとともに、効果的な指導及び支援方法について検討することを目的とする。